十勝平野の朝は、春の足音が近づいてきても、いつだって少しだけ空気が冷たい。 見渡す限りの広大な畑を静かに抜けていく風が、まだ眠いわたしの頬を冷たく撫でていく。
牧場に足を踏み入れると、乾いた土の匂いと、柔らかな牧草の香りが入り交じり、風に乗ってふわりと鼻先をかすめた。
牛たちがゆっくりと草を食み、歩を進めるたび、遠くでかすかな足音が大地にやさしく響く。

なにも飾らない、そんな静謐な時間の流れのなかに、この美しい黄金色の塊は生まれるのだ。
日本の乳牛のなかで、 一パーセントにも満たないというジャージー牛の存在をご存知だろうか。そのミルクは乳脂肪分がことのほか高く、古くからとても特別なものとして大切に扱われてきた。
ここ十勝のひとつの牧場だけで搾られた生乳は、 牛たちが食む牧草の滋養をたっぷりと受けている。だからこそ、春の陽だまりをぎゅっと集めたような、見とれるほどの鮮やかな黄色をしているのだ。
作り手は、その貴重な生乳を専用の機械に入れ、 長い時間をかけてじっくりと練り上げていく。昔ながらのやり方を守り、決して急がずに作られるからこそ、 あの独特のなめらかさが生まれる。
遠く離れた本州の街角のスーパーなどでは、めったに出会うことのできないとても珍しい品だ。
効率ばかりを追い求めない作り手の真っ直ぐな姿勢が、 この豊かな風味を静かに支えている。
この手元にある小さな塊が、ひどく尊いもののように思えてくるのはきっとそのせいだ。
◇
銀色の硬い包み紙を少しだけ指先を冷たくしながら、やさしくそっと開いてみる。
四角い塊にナイフをあてると、わずかな抵抗のあと、刃先がすっと静かに沈み込んでいった。
冷蔵庫から出したばかりのそれは、指先の微熱だけでも溶け出してしまいそうなほど繊細だ。
そのなめらかな手触りに、時間を惜しまない職人の仕事ぶりがじんわりと伝わってくる。

こんがりと温かく焼いた厚切りのパンに、切り出したばかりのひとかけらを乗せてみる。
熱に触れた表面からゆっくりと黄金色のしずくが溶け出し、パンの気泡に深く染み込んでいく。 立ち上る湯気とともに、ミルクのどこか懐かしく、甘い香りがふわりと広がった。
一口かじってみると、ごくわずかな塩気の奥から圧倒的なミルクの甘みが追いかけてくる。 塩をほとんど感じないぶん、舌の上に残るのは生乳そのものの風味だけだ。
◇
同じ牧場でしぼられたミルクから作られた飲むヨーグルトを一緒にグラスへ注ぐ。
テーブルの上にそれらを並べるだけで、遠く離れた十勝の牧場の風景が、いま自分の目の前にあるような気がしてくる。
わたしたちは毎日、あたりまえのように朝食をとり、慌ただしく新しい一日を始めてしまう。
けれど、冷凍庫の奥にこれが眠っていると思うだけで、明日の朝を迎えることが少しだけ楽しみになる。
賞味期限が長いことに甘えて、余裕のある休日の朝にだけ、少しずつ大切に味わうのもいいかもしれない。
ひと塗りの美しい黄金色が、なんの変哲もないいつものパンを静かに輝かせてくれる、
—— そのことに気がつくだけで、もう十分だと思う。


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