冬の足音が近づき、朝の台所を満たす冷気が、すこしずつ鋭さを増してきた。
窓ガラスの隅にうっすらと結露が光るなかで、オーブントースターの放つ赤い熱が、ひどく愛おしく思える。焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い始めると、ようやく体の一部が目覚めていく気がする。
こんがりと色づいたトーストのうえに、薄く切り分けた黄金色の塊を乗せる。
十勝の髙田牧場で作られているジャージーバターだ。
熱に触れた角のほうから、春の雪解け水のように、ゆっくりと透明に透き通っていく。パンの表面に染み込んでいくその過程を、ただぼんやりと見つめている時間がたまらない。
口に運べば、すっと溶けるなめらかさの奥から、ミルクの甘みがじんわりと広がってくる。塩分が半分ほどに抑えられているせいか、強い塩気で舌を刺すようなことがない。
そのかわりに、ジャージー乳が持つ豊かな乳脂肪分のコクが、とても静かに迫ってくるのだ。上質な生クリームをそのまま口にしているような、静かな驚きがある。
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いつもの直売所に立ち寄ったとき、棚にこの黄金色を見つけると、少し迷ってからひとつだけカゴに入れる。日々の食卓に並べるには、すこしだけ背伸びが必要な品である。
冷凍庫の片隅に大切にしまっておき、よく晴れた休日の朝などに、すこしずつ切り出して味わうのだ。賞味期限が長く、冷凍保存がきくという事実が、そんなささやかな楽しみを支えてくれている。
昨年の冬、遠く離れた本州で暮らす親戚に、このバターと濃厚な飲むヨーグルトを同梱して送った。「あんなに黄色くて甘みの強いバターは、こちらのスーパーでは見たことがない」と、驚きの声をもらった。
自分の暮らす圏内に当たり前にあるこの味が、他の場所では容易に出会えない「幻」なのだと、改めて教えられた。
日本の乳牛のうち、一パーセントにも満たないという希少なジャージー牛。そのミルクだけを集め、時間をかけて練り上げる伝統的な製法が用いられているという。
ひとつの牧場の風土が、そのまま四角い形に凝縮されているのだ。その事実を知ってから、包み紙を開くときの手つきが、以前よりもすこしだけ丁寧になった。
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何度も繰り返し食べていると、最初の頃のわかりやすい感動は、やがて穏やかな安堵へと変わっていく。
毎日ではないけれど、たまの休日にこの濃厚な味わいが待っていると思うだけで、日々の暮らしに小さな張りが生まれる。
明日の朝もまた、冷えた台所でパンを焼き、黄金色のひとかけらを切り出そう。それがもたらす静かで満ち足りた時間を、わたしはこれからも大切にしていきたい。

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