六花亭のマルセイバターサンド

SWEETS -スイーツ-

道外で暮らす友人に会いに行くとき、手土産にはいつも少し悩む。けれど結局のところ、包み紙に赤い花の描かれたあの箱を抱えていくのだ。

「やっぱりこれがいちばん嬉しい」

箱を受け取った友人の弾んだ声を聞いて、すこし不思議な気持ちになった。わたしにとってそれは、特別な日のお菓子というわけではない。週末に食料を買い込むスーパーの入り口付近に、あたりまえのように並んでいるからだ。買い物かごのすみに忍ばせて、帰りの車でひとつ開けることだってある。

遠くの誰かが待ちわびる味は、わたしの日常のすぐそばにあった。その距離感のちがいに気づいたとき、なんだか胸の奥があたたかくなった。

六花亭のマルセイバターサンドは、時間の経過とともに表情を変える。

買ってすぐの日は、ビスケットのサクサクとした歯ごたえが楽しい。小麦とバターの香ばしさが立ち、クリームとの境界線がくっきりとわかる。それが三日、四日と戸棚のなかで眠るうちに、すこしずつ馴染んでくるのだ。

ビスケットがクリームの水分を吸い、全体がしっとりとやわらかくなる。レーズンの甘酸っぱさが、ホワイトチョコレートのコクと静かに溶け合う。まるで、秋の長雨のあとに森の土がふかふかになるような、穏やかな変化だ。わたしはどちらかというと、このすこし時間をおいた頃の味わいが好きである。

冬のあいだは、食べる前にすこし気をつかう。一晩おいた朝の台所は、つま先から冷気が這い上がってくるほど冷えている。そんな場所に置き忘れたバターサンドは、クリームがぎゅっと固まっているのだ。そのままかじるのも、冷たいお菓子のようで決して悪くはない。

けれど、わたしは温かい部屋のテーブルに置き、しばらく待つことにしている。ストーブの熱で部屋が暖まり、窓の結露がゆっくりと消えていくころ。銀色の包みを開けると、常温に戻ったバターの香りがふわりとほどけてくる。口の温度でなめらかに溶け出すクリームは、冬の朝だけのささやかな楽しみだ。

ビスケットの表面と、レトロな赤いラベルに刻まれた文字。これはかつて十勝の野を切り拓いた、晩成社という開拓者たちの印だそうだ。彼らが作ったバターへの敬意が、この小さなお菓子に込められている。

パッケージの意匠に込められた歴史を、ふだんから意識しているわけではない。けれど、お茶を淹れながらその文字を眺めるとき、ふと思うことはある。この長くきびしい寒さと、見渡すかぎりの土の広がり。そこから、このとろけるように豊かな甘さが生まれたのだという事実を。

なじみの味は、日々の暮らしに静かな句読点を打ってくれる。熱い紅茶をすすり、銀色のフィルムを音を立てずに剥がす。指先に伝わるしっとりとした感触と、口のなかに広がる芳醇な香り。なんでもない午後のひとときが、すこしだけ輪郭を取り戻すような気がする。

特別なものを、日常のなかで味わえるささやかな喜び。それはおそらく、遠く離れた友人をすこし羨ましくさせるのだろう。北の風景を思い浮かべながら、今日もその甘さに包まれているかもしれない。同じお菓子が、ここの暮らしと遠い街を、確かなあたたかさでつないでいる。